昨日の日付がかわるかかわらないかというところで、鹿児島の母から電話が。父が入院していた病院からで、父の容態が急変し、先生たちが蘇生を頑張ってくれたが駄目だったという内容だった。3月に銭湯で倒れて、なんとか命を救ってもらって、気管切開して喉に入れたチューブを抜くためにリハビリを頑張っていて、家に帰るのは難しそうという雰囲気は察していたので、先は長くないのかもしれないと思ってはいたが、えらく急な話だった。
とりあえず、お通夜や葬儀については、これから今後のことを病院で聞いてからというので、電話を切って、連絡を待つことにした。
テレビではちょうど日本女子のサッカーのスペイン戦が始まるところだったので、試合を見ながら待つことに。1点目のミドルシュートはすごかったが、それいこう中盤をつぶされまくって結局逆転されて負けてしまった。スペイン強かった。
結局未明の時間帯は連絡がなかったので、一旦寝ることに。
朝、話を聞くと、今日は友引で縁起が悪いというのと、葬儀場の関係で、明日お通夜、翌日葬儀と初七日ということになった。今日自分だけ鹿児島に帰ることも考えたが、鹿児島は鹿児島でバタバタしていそうだし、家族での移動のことを考えるとみんなで一緒に移動したほうが良かろうと思い、明日の朝に移動することにした。新幹線のチケットは窓口で買うことにして、宿は中央駅前にできていたマンションタイプのところを予約。
昼過ぎに、葬儀屋と相談した母から、遺影や葬儀で飾る父の写真をいくつか送ってほしいと言われたので、Google Photosを検索していくつか見繕った。めちゃめちゃたくさんあるというわけではなかったが、家族で帰省したときに孫たちと撮った写真があった。いい顔をしている写真も多かった。一番いい顔で笑っていたのは弟の結婚式のときの写真だった。なんだかんだこのときが一番うれしかったんだろうなと思う。にしても、この10年でだいぶ老けたんだなと写真を並べてみて思った。
2020年から23年くらいまではコロナで帰省できてなかったので、集合写真がないんだよな。残念。写真を探していたら、実家に帰ったときに、自分があかちゃんのとき(つまり父と母が30代)の写真をスマホで撮ったものが出てきた。改めて見てみると、若い頃の親父は、長男にちょっと似てるのだった。
夜は、翌日の移動に向けて準備をするなど。